まちの保健室

まちの保健室

学校に保健室があるように、街中にも保健室を

「学校に保健室があるように、街中に誰でも気軽に立ち寄れる保健室をつくりたい。」今回は、前栃木県看護協会会長の渡邊 カヨ子さんが、2020年9月から宇都宮市内で始めた『サロンみんなの保健室』について、その目的や、活動を通して看護師ができることなどを伺いました。

『サロンみんなの保健室』は人と人がつながって前向きになれる場所

『サロンみんなの保健室』を作ろうと決意したのは、私が65歳を目前にした時です。先の人生を考えたときに、成り行きに任せるのではなく、主体的に生きていきたいと思ったんです。私は看護に対する思いが強いので、これからも看護の力で街の人々を支えていきたいと考えるようになり、2020年9月に、栃木県の宇都宮市に『サロンみんなの保健室』を立ち上げました。『サロンみんなの保健室』は、街の中にある保健室です。老若男女だれでも気軽に立ち寄ることができ、心身の不調や不安、気になることを無料で相談できる場所となっています。無料相談以外では、体組成測定(体脂肪率、筋肉量、BMI等)、握力測定、腹囲測定、乳児の体重測定などのためにサロンを利用することも可能です。相談員は保健師、助産師、社会福祉士、看護師などの有資格者。全員がボランティアで協力してくれています。『サロンみんなの保健室』は、「奉仕の精神のもと地域住民の心身に関する相談に応じ、健康増進への支援を行うこと」に賛同いただいた賛助会員の有志と、ボランティアの相談員の善意で成り立っています。

私は長年にわたり、格差、貧困などの社会問題に対して強い危機感を持っていました。社会背景や家庭環境により、健康意識にも格差が生じてしまい、それゆえ命の格差にも繋がっていることや、低所得者は病院受診の機会を逃しやすいなど、これらの現状にジレンマを感じていたんです。加えて、孤立の問題も無視できません。独居老人やニート、引きこもりなど、何かしらの理由で孤立している人が前向きになれないのは当然です。人は、人と関わり合いながら前向きになるものですから。もし地域で孤立している人が「最近健康のことが気になるから、『サロンみんなの保健室』に行ってみよう」と思ってくれたら、人と関わるきっかけになると思うんです。それを繰り返すうちに「自分は一人じゃない。何かあったら、『サロンみんなの保健室』に行けばいいんだ」と感じるようになってもらえたら嬉しいです。

まちの保健室仕事イメージ

『サロンみんなの保健室』は看護職だからできる地域貢献活動

お蔭さまで運営自体は順調です。サロンがオープンする際に、地方紙やFM栃木等のマスコミが好意的に取り上げてくれたこともPR効果があったと思います。新型コロナウイルス感染症により、対応できる時間帯や予約人数などの制限はありますが、オープンして5か月間で、健康相談数は100名を超えています。『サロンみんなの保健室』に来られた人との対話を通して、私が感じていることは、「家族がいても孤立している人が多い」ということです。家族に面倒がられて話を聞いてもらえない人が、『サロンみんなの保健室』に居場所を求めるケースも増えてきています。また、病院の受診に関する相談も多いですね。「診察のとき、医師にうまく伝えることができなかった」と、悩んでいる人に対しては、「うまく話せないなら、次回病院に行くまでに、気になっていることを紙に書いておきましょうね」と相談員から促され、安心されることもあります。「こういう所があって本当に良かった」「悩んでいたのでありがたい」など、感謝の言葉をたくさんいただいています。また、体組成測定を利用している人からは「健康意識が高まった」「数値でわかるので、やる気が出る」などの声もあり、この活動を始めて本当に良かったと思っています。

オープンして間もないサロンではありますが、徐々に認知度が高まっている手ごたえを感じています。なかには、公共交通機関を使って、県内から遥々サロンを訪れる人もいるため、相談相手がなく一人で悩んでいる人が相当数いるように思います。これからも格差、貧困、孤立問題を解決するために、行政やさまざまな団体と協力し、連携を取りながら支援を続けられたら良いと考えています。私は看護職という職業に誇りを持っています。もし、私のように「一人の市民として、一人の看護師として、人々が穏やかで健やかに暮らすための地域貢献活動をしたい」と考える人がいたら、ぜひ一度、『サロンみんなの保健室』を覗きに来てください。

○サロンみんなの保健室 https://minnano-hokenshitsu.net/

プロフィール

渡邊さん
渡邊さん

渡邊 カヨ子さん 60代女性
『サロンみんなの保健室』代表。看護師歴は約40年。20代は「自分の看護探し」で、いくつかの職場を転々としたが30代で「やりたい看護ができる看護部にするには自分が管理者になろう」と決意。昇進試験を受け、32歳から管理者として看護師の育成に力を注いできた。46歳のときには、国際医療福祉大学で2年間学び、修士課程を取得した。前栃木県看護協会会長。